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Jan 30, 2005

国籍条項訴訟の争点はズレている

外国人が東京都の管理職になれるか否かという訴訟問題の最高裁判決があったが、なぜこういう争点の訴訟がおきるのか不思議だ。「日本国籍取得の許可が下りない。それは違憲だ!」といった内容だったら理解できるのだが・・・。なぜ今回のような争点になってしまうのだろう。またどうして、マスコミは掘り下げて取材しないのだろう?

公務員といえば公僕とも呼ばれ、国を動かし支える特別な役割を持つ人たちだ。日本という国を動かすのは日本人だというのは至極当たり前の考え方だと思う。日本という国を他の国の人が動かすのも変だろう。これはアメリカだろうが、イラクだろうが、中国だって韓国だってどこだって同じはずだ。

原告の方がどのような経緯で訴訟をおこしたかわからないが、まずは国籍取得の努力をするのがまず第一だと思う。僕らの公僕になるなら僕らと同じ国籍になって欲しいのだ。そしてもし国籍取得に壁があるならばそれが争点となって訴訟となる。これが順番だと思う。

東京都をはじめとしたいくつかの自治体では、日本国籍が無くても職員になれるという事を、今回初めて知った。違和感はあるが日本の事情から次のように考えるならばまだ納得がいく。
「日本って国では国籍取得に時間がかかるんです。ごめんなさい。国籍取得してから公務員になろうと思っても、それじゃ時間がかかりすぎるから、日本の公僕になりたいって意欲のある人はまず職員になってください。それからゆっくり日本国籍をとってください。そうすれば管理職にもなれますから」
基本は日本人が日本を動かし支えるのだ。そうでなければ国とは何なのか、主権とは何なのか、国民とは何なのかわからなくなる。

判決後、テレビで(どこか忘れてしまった)、原告の方はまじめで長い間日本で仕事をしているから管理職にしてもいいじゃないか、といった主旨の発言をした解説員がいたが、それは違うんじゃないかと思う。日本という国を動かすのは日本人だというシンプルな原理に抵触しているか否かというだけの話だ。決して外から来た人を排除するものでもないのだ。日本人になりたければ成ればいいのだ。

今回訴えを退けられた原告の方は国籍取得の努力について語っただろうか?なぜマスコミは国籍取得について掘り下げなかったのだろうか?なぜ日本国籍を取らないのか?それとも取れないのか?それとも日本国籍を取得せずになぜ公務員になろうと思ったのか、それはなぜか?どういう問題が内在しているのか?そういった事がわからないではないか。こういう表面だけのマスコミの対応にも不思議がいっぱいだ。

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Comments

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Posted by: 人気BLOGランキング | Jan 30, 2005 at 14:54

 ジャズ関連をサーチ中貴殿のページを見つけましたが、
興味深く拝読致しました。一見、一理あるようですが、読んでいてタイトル同様の争点のズレを感じました。

 まず、地方自治体の業務・職員と国家行政組織の業務・職員を分けて考えてみるべきでしょう。それらを統制する法律(法律は立法府(議会)が、実際には行政府と共に作ります、議会の代議員は参政権を持った人が選びます。国政選挙なら国民ということです。)は、もちろん別ですし、またそれらの法によってもたらされる権能(やって良いこと悪いこと)も異なります。

 第二に、諸外国では特に地方自治体レベルで、管理職クラスへの登用もあるので、多角的な視点を持って考えるべきでしょう。なぜでしょうか。単に国籍取得の困難さ、事務手続きが理由にならないのは明白です。端的に言えば、現実の要請に対し、より効果的であるからでしょう。参政権や市民権の問題にも通じますが、居住民の社会福祉(広い意味で)を向上させるのに必要なのは、そのための仕事をこなす能力を持っていることです。また、それに見合う権限と報酬を与え、人材を確保することが肝要なのです。国籍を唯一無二の侵さざるべき絶対条件とすることは、全く現実的ではありません。
 それでも決められたラインで制限をつけるのは、メリット以外のリスクがあるからで、それはそれで合理的な理由(産業振興関連省庁内、多額の予算を割り当てられた先端技術開発部署に外国籍の人間がいるリスクはわかりやすいですね。)があるのです。公僕が日本(国籍)人であってほしいという感情が理由にならないのも、これでまた明白です。メリットとリスクは常に衡平に考量されねばなりません。

 私は、国家公務員に関して正統なキャリアパス上の管理職レベル(業務内容にもよるでしょうが)で、日本国籍以外の人間が付くようなことは基本的にあり得ないと思っていますが、私自身はこの問題に通暁しているわけではありませんので、こうあるべきだと白黒判断つけるにはナイーブすぎるとも思っています。
 
 最後に、”日本という国を動かすのは日本人というシンプルな原理”というくだりがありました。地方自治体と国家、どちらも居住民(国民)の生活を幸せにするという目的では一致するものの、そのために与えられる具体的な機能はかなり違います。(日本の場合、自治体は勝手に直轄の軍隊は組織できませんし、通貨を発行・流通させ、公定歩合を決定することは今のところ、できませんし、していませんね。地域通貨は公定通貨とは今のところ同じレベルで通貨とは言えません。国家こそが防衛、外交、通貨管理の役割を担っていますね。)ゆえに、そのように述べるのはいささか現実にそぐわない金科玉条とは言えないでしょうか。

 ”公僕が私たちと同じ国籍であって欲しい...(中略)...基本は日本人が日本を動かし支える”からそのようなことを「原理」とし、現実に当てはめるのは余りにも稚拙でしょう。正しいとすれば、それでは思っただけで物事が成就するということと同じになってしまいます。もしくは、思っていることが現実と思う裸の王様です。感情を理由に、現実を見、律し、動かすことはできません。
 国民(居住民)の生活や利益を支え、守るという目的があります。そのより良い手段・方法を構築するための、政策(制度化)と成果との絶えざると実行と修正(なぜ上手くいったのか、いかなかったのかを見つけること)は、感情とかアイデンティティの確保ではかなわず、現実に基づいた客観的根拠から始まるのではないでしょうか。
 もちろん国民感情やアイデンティティの安定は重要ですが、理不尽なクレーマーのように、現実離れした要求につながると自らの社会の満足も得られないことになります。(しばしば気づきません。) 動機は正しいが、結果は真逆と言うことが現実には良くあるでしょう。方法論や手段、結果を合理的に推考せず、現実を見ないでギャップに気付かないせいです。(重病を患う親戚に、どことも知れぬ健康食品を押しつける人、いますね。)

 マスコミ報道に対する貴殿の指摘には全く同意致します。そこには、なぜが溢れていますので。
 さて、長文にて失礼致しましたが、これも貴殿の正直な吐露が興味深いものであったからです。ささやかな私、のコメントが貴殿に何かをもたらすことを願っております。

Posted by: Weiss oder Schwartz | Mar 20, 2008 at 04:33

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